鉄道連絡船

2025年09月27日 18:30

昨日26日は、1954年9月26日に起きた青函連絡船洞爺丸事故から71年です。
若い方や連絡船にあまり興味が無い方には初めて知る事故かと思いますが、台風のため函館湾では数多くの船が沈没、座礁し、洞爺丸一隻で亡くなった方、行方不明になった方、1115名の方々が犠牲になりました。
青函連絡船が好きな管理人は、この時期になると思い出す一つの出来事です。
P625
1988.09.17 十和田丸



2025年09月09日 18:30

青函トンネル開通まで半年余りとなった1987年9月、青函連絡船の最後の記録を撮りに函館まで行きました。3日間を函館桟橋や函館駅界隈を歩き回って記録しました。青函連絡船が廃止になったのは1988年でしたから、もう37年経つんですね。個人的には連絡船が好きでしたから感慨が深いです。
画像は貨物列車の積込み風景で、構内スピーカーから大きな声で「あと5メ~トル、3メートル、1メートル… やわやわ~やわやわ~」の声は耳に残っています。
P616
1987.09.26 函館桟橋

2024年06月26日 18:00

国鉄が分割民営された1年3か月後に、北斗星に乗って函館へ行きました。お目当ては3月13日をもって運航が終了となった青函連絡船が、6月から9月までの3カ月間、復活運航したのに合わせて乗りに行った次第です。
函館で北斗星のヘッドマークを付けたED79の脇には羊蹄丸。北斗星を牽引して札幌へ向かうオリジナルのDD51がチラッと見える光景を一枚の画像に収めました。
P367 1988.06.18 1_000 ED7915 羊蹄丸 北斗星 函館
1988.06月 函館駅。


2023年09月18日 18:00

1988年9月18日、青函連絡船の最終日、函館青森を羊蹄丸で往復します。
臨時便の運航は、青森係留の十和田丸が一日かけて函館を往復し、羊蹄丸が函館係留で青森を往復していました。
右の発車時刻には快速海峡4号の掲示が見られます。
P199 1988.09.18_1 1_020 青函連絡船 羊蹄丸 函館桟橋

青森に着き、一度下船して再び函館への乗船客となりました。
桟橋では、青森駅の社員がさようならの横断幕を掲げて、見送ってもらいました。
P199 1988.09.18_3 3_000 青函連絡船 羊蹄丸 青森桟橋 (2)

普段、海峡上ですれ違う時はかなり離れて離合しますが、この時は互いの乗船客の姿がよく見えるくらいまで接近し、汽笛を鳴らしあいながら離合しました。最終日、最終便の雰囲気は最高潮でした。
P199 1988.09.18_3 3_023 青函連絡船 十和田丸

夜、函館山からの羊蹄丸です。まだ火を落としていません。
P199 1988.09.18_3 3_034 青函連絡船 函館桟橋
1988.09.18 函館桟橋



2023年09月17日 18:00

35年前の1988年9月18日をもって青函連絡船が廃止となりました。
この半年前に青函トンネルが開通していますが、トンネル開通と同時に連絡船は廃止になる筈だったのですが、廃止を惜しむ声で半年間臨時便で運行することになりました。
最終便に乗るべく、9月17日に函館に入り函館山で青森からの十和田丸の入港を狙いました。
港に入る十和田丸を待っている、補助汽船のかつとし丸。この仕事もあと二日です。
P198 1988.09.17_2 2_019 青函連絡船 函館桟橋

お尻に取り付き、目一杯の力で回旋していきます。
P198 1988.09.17_2 2_022 青函連絡船 函館桟橋

もうちょっとで着岸です。
P198 1988.09.17_2 2_024 青函連絡船 函館桟橋

一仕事終えていつもの場所に帰ってきました。
P198 1988.09.17_2 2_027 青函連絡船 函館桟橋
1988.09.17 函館桟橋





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